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The 授業リンク -松田先生の授業 - ②


阿吽とKY

「むかし阿吽で、いまKY」

端的にコミュニケーションの変化を川柳っぽくしてみた。

やっぱり、昔の日本のコミュニケーションは「空気」を読むことに長けていたのではないだろうか。

それは、欧米型とは逆に島国であるがゆえ、独自の文化を色濃く持つがゆえ、単一民族国家であるがゆえ形成された、世界でも評価される日本のコミュニケーションスタイルだと考える(もちろん、他にも複雑な要素が絡み合っているのは承知のうえで)。

冒頭、川合先生の開会挨拶にあった「軍事力より教育力」とはこれがベースにあったのではないか。

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◆グローバリゼーションとコミュニケーションスタイルの変化

ところが、いい意味でも悪い意味でもグローバルになり、その原動力となっている経済活動のタイプは欧米型。

当然、それにあわせて日本の経済活動スタイルも変化し、マネジメントやコミュニケーションのタイプも変容する。

つまり、国や文化や言葉や人種が違う環境で育った人が考えた手法論に、あわせようと努力しているようにも感じる(熾烈なグローバル競争に勝ち抜くには仕方ないか)。

ということは、日本人が得意とする「阿吽」のコミュニケーションから国や文化や言葉の違いを明確に意識した環境下で構築されたコミュニケーションスタイルへの変化がどんどんと進行しているのではないだろうか。

とはいえ、いきなり移行できないギャップから「KY」という言葉も生まれたのではと漠然と感じたりもする。

 

◆コミュニケーションの意識化・明確化・見える化

では、そのコミュニケーションスタイルとはどういうものか。

意識化・(視点の)明確化・見える化

ではないかと、自身の経験から感じている。

これはなにも留学体験だけからではない。

SEとして働いていたとき、毎日、米の技術者にトラブルの解決方法をなげるメールを案件ごとに何通も出し、お互い齟齬や抜けがないかを確認しながら作業をすすめていき、最後の最後で必要とあらば音声通話して解決したり。。。

そんなことを粛々と続けていくうちに、日本語で日本人に出すメールとは違うなと気づくことが多々あった。

また、チームメンバーからメールの英訳を頼まれる際にも、内容を一読して

「これってこういうことですか?」

「こう言い換えても同じ意味ですよね?」

と尋ね返すことが日常となっていた。日本人の感覚のままで直訳で送った場合に、通じない場合が多々あったからだ。

だから、コミュニケーションの「意識化・(視点の)明確化・見える化」が必要なのだなぁと痛感したのだ。

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